第二次大戦前の肥後守 歴史的肥後守である。明治期の物(含 平田ナイフ)は、事実上入手不可能であり大正末期から昭和初期の物が 入手可能な最古の肥後守である。 
登録 
肥後金丸 

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長140mm 鞘長83mm 刃長58mm 刃幅9.5mm 刃厚1.7mm 重量15g 横折鞘 両面菊座金 チキリ穴無

これは資料が残っていて、戦前の個体。商標公報から昭和15年10月7日に「(秀)金丸」の名前が有る。加東郡市場村太郎大夫という現在の小野市市場町の産である。この頃に裏面に尺貫法ではないmm目盛りが刻印されている。刃先はトンガリで70年経って研ぎ減りしているのに鞘と擦れないという大したもの。それに刻印は「登録」のところだけで「肥後金丸」はタガネ彫りである。文字の間隔を守る為に引いた罫線が漢字の偏のところにはっきり残っている。


登録割込 大菊肥後守 謹?製 縦折鞘 

刃材;全鋼 柄材:黒塗鉄柄 全長152mm 鞘長88mm 刃長67mm 刃幅12mm 刃厚2.4mm 重量26g 両面菊座金 チキリ穴無

これは資料に無いものの 作り込みのしっかりした肥後守である。有名なのは「正菊」だがこれは「大菊」である。実はボロボロの方が今から二年ほど前に錆の塊を十本位まとめて落札した中に入っていた。御覧の通りで読めない字が多く 今回の落札品と足して やっと読解出来たもの。でも一文字自信がない。元々刻印が頼りなく細くて斜めに打ち込まれているため右半分か左半分しか判らない。が、これチキリに妙な特長が有って 真ん丸に近いコロンとした格好。何となく「分銅カネ宮」によく似ている。奇麗な方だがリューターに真鍮ブラシを付けて錆落とししたのに黒塗りが剥げない。ペンキじゃなくてウルシか柿渋かも知れません。現在資料探索中(古書店で戦前の少年雑誌を十冊程買ったところ あちこちに肥後守の広告が掲載されてました。ここに今迄見つけられない名前が結構有るのです)


鋼割込 登録商標 丸寅肥後守 縦折鞘(タガネ銘)

刃材:割込鍛造 柄材:真鍮漆塗り 全長162mm 鞘長93mm 刃長72mm 刃幅12mm 刃厚2.4mm 重量36g チキリ穴有 両面菊座金 タガネ銘

Yahooオークションで08年6月に入手した肥後守。入手後汚れや錆を落として見ると 縦折鞘には漆が塗られた形跡が はっきりと残っている。漆は御大典記念肥後守等にも施されている。また刻印と別に「肥後守」の部分は明らかにタガネで彫ったものである。両面菊座金と言いチキリ穴といい最高級品を意味する仕様である。ところが手持ちの資料やネット上を探し回っても「丸に寅」の刻印のものも 屋号も見つからない。寅や虎の付く名前も散々探し回ったが「丸寅は何故か食べ物屋さんばかりヒットする。刃は鋼を割り込んだ部分が完全に無くなるまで使い込んである。研いでみると鳩目ギリギリの部分に微かに鋼が残っているだけだ。これだけ使いこんても柄に漆が残っているという事は 相当しっかりとした塗りが施してあり、新品だと表面色は濃茶色だったと考えられる。タガネで彫られた肥後守の文字だが「守」のウカンムリの縦棒が極端に寝ている。この頁に掲載した肥後守で この特長が有る肥後守は「角利」や鉄柄黒塗の物に少し似たものが有るが ここまで横倒しのきつい物は無い。また開閉が恐ろしくスムースで構造上捩れや曲がりに弱い縦折鞘なのに何故こんなにスムースなの?とルーペで観察すると柄の内側にも薄いワッシャーが噛ませてある。オリジナルなのか改造なのかは断言できないが、鳩目の古びを見る限りオリジナルだと思う。これだけ丁寧な造りの是非来歴が知りたいものだ。 堂々と肥後守を名乗った戦前物といえば三木の産品だと思うのだが??

余談だが斯様な個体を入手した時に悩むのが「刃を入れ代えても使いたい」という欲求が沸くのだ。コレクターとしては絶対オリジナルに手を加えてはいけないのだが これだけ出来の良い個体に出会うと剣先型の刃と入れ替えて実用に使いたいと思うのだ。やってみたいなあ。

刃を交換してみました。やはり道具は、使えてこその道具ですし。この刃は昔のカネ駒製の青紙割込角刃を整形してトンガリ風に仕立てた物です。チキリ穴も開けたかったのですが まだ開けておりません。元々の鳩目は細いポンチを使い抜きました。昔の肥後守のピンは今の物と違い 単に太めの針金の両側を叩いてカシメてある為ポンチで叩くと抜けてくれます。丁度良い菊座金風のワッシャーが見つかれば交換してみたいと思います。でもやっぱり縦折鞘にはトンガリが似合いますね。現在この改造丸寅肥後守を愛用中です。


登録商標 丸河肥後守 縦折鞘 

刃材:割込鍛造 柄材:黒塗鉄柄 全長146mm 鞘長84mm 刃長63mm 刃幅11mm 刃厚1,8mm 重量27g チキリ穴無 両面菊座金

2008年5月初旬に五本まとめてYahooオークションで落札した物である。恐らくバラ売りだったら文字も判明しなかったと思う。未使用と思われるが、入手時には恐ろしい程サビだらけの状態で(最後の2枚が出品時の姿です)余りの惨状の為にリューターに銅ブラシを付けて掃除をした処、初めて柄の刻印が読めるようになった。

古い時代の肥後守に焦って鉄ブラシを使用すると刻印ごと消えてしまう事が多く注意が必要である。一個ごとの刻印では「サンズイ」や「丸」「標」の文字の一部がかろうじて読めるだけである。更に刃体部にもブラシを掛けてみると、全綱だと思っていたのだが 薄く割込みらしいラインが見えた。上に示した入手時と現在の違いを見ていただければ苦労の程が御解り頂けるかと思う。ここまで修復するのに一週間以上掛かり切りであった。350番の荒砥から#500 #800それからキング#1000の赤レンガで現在ちょいと休止中だが、誰が見ても割込鍛造である。縦折り時代に利器材などと言う便利な物は無いので、職人さん手作りの割込み肥後守である。この○河という屋号もしくはマークについて調べてみた。「河」の字、堂々と「肥後守」を名乗っている処から戦前に三木もしくは周辺地域で作られている物と推論し、名前や屋号に「河」の文字が付いている物が無いかどうか調べてみると 2件該当が有った。「ハリマ肥後」を作っておられた三木市平田の河合○三氏と昭和26年にハリマ肥後を商標登録された 加東郡来住町阿形の河合○夫氏である。前者は昭和35年の三木市ナイフ製造業で登録されていた。親子関係なのか微妙な時間関係である。この丸河肥後守は角刃であり 昭和の初期から10年代までの製造だと思われるが「登録商標」の刻印が有る。もしも製造を戦後も続けていれば「ハリマ肥後」を改めて名乗るのも妙な話か?と。しかも三木市平田の作であれば純粋@正統派の肥後守だし、と。


登録 高級肥後富士丸 縦折鞘 

刃材:全鋼 柄材:鉄 全長155mm 鞘長90mm 刃長67mm 刃幅12mm 刃厚2,2mm 重量36g チキリ穴無 両面凡座金

入手時のコンディションが錆だらけで 何とかここまで修復した物。三木市の資料のサンプルリストには「横折」の物が出ているが縦折鞘の物の記載は無い。造りはしっかりしていて重量感も有る。戦前物かどうか些か疑問ではあるが 戦後の資料が「横折」と明記してあり ここに掲載した。


別打井桁登録商標肥後守 縦折鞘 

刃材;割込鍛造 柄材:クロム 全長166mm 鞘長96mm 刃長72mm 刃幅13mm 刃厚2.0mm 重量41g チキリ穴無 座金無(欠損)

入手時のコンディションは赤錆だらけだった。ただ柄は元型を保っており分厚く重量感がある。ただ「井桁」のマークは手持ちの資料には類似のものが無い。菱形の物や井桁の中に文字の有るマークは有るが これは単に井桁だけ、である。堂々と「肥後守」と刻印してあるが戦後の肥後守のものでは井桁の刻印は無い。製造者で井の付く方はいらっしゃるが「カネ井」を造っていらっしゃるので除外、正体不明である。刃は利器材ではなく割込鍛造で重厚感が有り 座金が失われているのが残念だが裏面を見ると元々は両面凡座金だったようである。


割込正鋼元祖 肥後憲光 縦折鞘 

刃材:割込鍛造 柄材:鉄(元々は黒塗?) 全長168mm 鞘長93mm 刃長78mm 刃幅13mm 刃厚3.1mm 重量45g チキリ穴有 両面菊座金

さて困った個体で、入手時には錆だらけの上 どうやら一度全体を何かで研摩した痕跡が有る。実物で見ると鞘の折目に黒色塗装が残っていてオリジナルは黒塗鉄柄だと判る。最高級版を意味する両面菊座金とチキリ穴から見て当時は結構な高級肥後だったと推量するが「肥後守」で光の字の付く名称は多いのだが「憲光」は無い。こうした名前は全く無関係の名前を付けるとも思えないので「憲」の字の付く名前の方を探すと、何と「永尾憲司」という名前の方がいらっしゃる。現在の元佑さんの義兄にあたる方である。非常に出来の良く重厚感や品の有る風格からして どうもそこらへんに製造者の謎が解けるような気がするのである。


○イ登録商標肥後守一俊 縦折鞘 

刃材:割込鍛造 柄材;鉄 全長220mm 鞘長121mm 刃長101mm 刃幅16mm 刃厚3.2mm 重量68g チキリ穴有 両面凡座金

丸の中に片仮名のイのマークである。縦折鞘にしては珍しい特大サイズで 刃が強烈な上反りをしている。これじゃあ使いにくいのでは?と思ったら案の定刃の上から中ほどまでは減っているのに付根近くは全く減っていない。閑話休題 この「○にイ」のマークは資料に全く存在が無い。肥後守を名乗っている事から三木市関係の方や会社名で「イ」の字を探すのだが チキリ穴や全体の造作から推量すると当代永尾元佑氏の縁者に行き着くのではなかろうか?初期の○政の反り方に大変良く似ているのであるが どうなのだろうか?


登録商標 肥後守 縦折鞘

刃材;割込鍛造 柄材;黒塗鉄 全長143mm 鞘長80mm 刃長62mm 刃幅12mm 刃厚1.6mm 重量19g チキリ穴無 両面菊座金

2008年5月特に「戦前」とか言わずに出品されていた物。同じ物が2個有ったため一個に犠牲になってもらい、黒塗装を剥がしてみた。ルーペで見て初めて判るような薄い線刻で「特打 登録 肥後守」と彫られている。

彫るといっても「タガネ彫」ではなく何か金属で引っ掻いた考古学では「ペトログラフ」と呼ぶ様なものである。刃の形状は戦前型のトンガリで縦折鞘であるが 刃の拡大像を御覧下さい。写真下の刃に見える薄いラインは割込鍛造である照明。現在丁寧に研ぎ出し中だが明らかに鍛造である。結構コンディションは良いのだが如何せん刻印が見えないに等しい。これだけ薄い引っ掻き傷の様な刻印だと由緒来歴が全く判らない。全く使用された形跡が無い逸品である。


御大典記念・萬萬歳/違い鷹の羽紋・登録商標肥後守 昭和3〜4年製縦折鞘 2008年2月Yahooオークションで入手 

刃材:割込鍛造 柄材:真鍮+漆:縦折 全長213mm 鞘長120mm 刃長96mm 刃幅16mm 刃厚1.5mm 重量46g チキリ穴無 両面菊座金

ついぞ先日まで「無い」と言い続けていた御大典モノの現物を目の前にして脆くも自説が崩壊した代物です。本来は肥後守が表面だと思いますが この個体に関しては本来の裏面表記を先に記します。現代の特大サイズと同じ大きさの肥後守で両面菊座金、柄は真鍮に漆か何かを塗ってあります。自分の所有する資料には この「違い鷹の羽」の家紋を使った他の例は無く 更に萬萬歳というのも使われた記録すら有りません。刻印は全て打刻印でタガネ彫りではありません。ちなみに「違い鷹の羽」ですが調べてみると肥後守でも恐ろしく歴史が古く「蒙古襲来絵巻」で菊池次郎武房(10代目)の旗指物に描かれ菊池肥後守武重(13代)が「太平記」で用いている謂れが有るそうです。有名な処では忠臣蔵の浅野内匠頭の紋所です。この肥後守の紋は正式には阿部(菊池)家でも浅野家でも無い「中輪に足付違い鷹の羽」(ちゅうわにあしつきちがいたかのは)紋というそうで実在の家紋とのバッティングを巧みに避けたものかと深読みしています。この肥後守は非常に薄刃で残念なことに二箇所刃が欠けています。割込鍛造でトンガリ刃の戦前型。入手時 妙に光っている部分が目立ち 中砥(#800)で研ぎ直してみました。多分以前のオーナーが仕上砥石で研いだものかと思いますが肥後守は余り立派な仕上砥石で研ぐと却って見てくれが変になります。熱処理が上手なのか相当「固い」研ぎ味です。刃が欠けたのも薄く固い為かと思います。高級版にしてはチキリ穴が無いのは 庶民が首から下げるのを嫌がったものか?とか考えています。80年程前(恐らく1928年製造)の物と特定出来る珍しい個体です。つまり この御大典記念肥後守が基準点になり これより古いもの、新しい物という分け方が出来る様になります。他にも「昭和三年には特大サイズの肥後守が存在した」とか「昭和三年には打刻印であった」も成立します。本当にマイルストーン的な個体なのです。

実は「御大典」というと昭和天皇だけでなく大正天皇の場合も考え得るのです。肥後守の成立を明治32年ごろとすると この時点で肥後守という刻印(タガネ銘)が存在し、明治43年の商標法施行からは「加東守」が加わります。明治44年に 兵庫県神戸市で開催された「神戸第一回貿易生産共進会」で、後の大正天皇が 展示されていた「肥後守」を大変気に入り、お買い上げになったことで「肥後守」ナイフの名声はさらに確固たるものとなったわけなのです。大正天皇の御大典については「柳田国男」の「山の人生」に記載が有ります。少し長いですが引用します。

大正四年の京都の御大典の時は、諸国から出てきた拝観人で、街道も宿屋も一杯になった。11月7日の車駕御到着の日などは、雲も無い青空に日がよく照って、御苑も大通りも早天から、人をもって埋めてしまったのに、なお遠く若王子の山の松林の中腹を望むと一筋二筋の白い煙が細々と立っていた。(出展柳田国男全集4 ちくま文庫P86)この後、柳田は この煙を「山窩」のものと考え「山人=原日本人説」を唱えだします。

ここで注意すべきは大正四年という年代です。明治44年に 兵庫県神戸市で開催された「神戸第一回貿易生産共進会」で「肥後守」メジャーになってから5年 更に 東海道線の開通が1877年(明治10年=西南戦争の年)で既に京阪神方面に全国から列車で旅行する事は可能でした。大正天皇の御大典を拝観しに大勢の人間が全国から集まって来ているのですから当然その拝観人に記念品として大正天皇にゆかりの肥後守を売る人間が居たのではないか?と想像してしまいます。しかも肥後守は既に商標で守られた特産品です。売らない方がおかしいと思います。探し続ければ大正天皇の御大典記念肥後守や加東守が存在しているのでは?と一人で考えています。


込割鋼山一登録肥後守 縦折 2008年3月Yahooオークションで入手 

刃材:割込鍛造角刃 柄材;鉄縦折 全長176mm 鞘長99mm 刃長80mm 刃幅13mm 刃厚2.5mm 重量43g チキリ穴無 両面菊座金 

戦前の肥後守としては奇跡的なコンディションである。オクに出された方の曽祖父の持ち物で長年開けた事の無い引き出しから出たとの事で間違いなく戦前物。入手時薄く錆が有ったが錆落とし程度で ここまで復活した。刃には小刃が立ててあった様である。縦折=トンガリ刃という間違った説が有るが戦前にも角刃は存在しているしトンガリだから戦前物という事も無い。この山一肥後守だが資料にこのマークが見当たらない。商標登録で「肥後守一」(ひごのもりかず)という物がこれに当たると推量する。三木市福井で登録されている。大昔のナイフ製造業者名簿を見た所「山」と「一」が入った御名前が二名有り親子もしくは親戚と思われる。閑話休題 切っ先は鋭く柄材の厚みが1.2mmの鋼板で頑丈に出来ている。全体の造作は戦前の「分銅カネ宮」と非常に良く似ている。資料が無いのでOEMとは言えないが戦前の三木市の純正肥後守である事は疑いをいれない。前の所有者の曽祖父はこの個体を研ぎ上げた状態で保存しておられたのか 錆落としだけで切れ味鋭い刃が現れた。素晴らしい個体である。


登録商標肥後守・大(タガネ銘 菊座金)恐らく明治43年〜大正7年製造と推量YaHooオークションで入手

刃材:全綱 柄材:真鍮縦折り 全長142mm 鞘長83mm 刃長55mm 刃巾11mm 刃厚1.5mm 重量20g チキリ穴無 両面菊座金

とても小振りの肥後守である。(写真で小振りの方が「タガネ銘」です)刃は「笹の葉」型で俗称を「トンガリ」と言う。非常に古い肥後守は殆ど小型で薄い刃の持ち主である。ジョイント部に「菊座金」を使っている。ジョイント・ピンそのものは鉄製。縦折り鞘に笹の葉形の刃、刃厚は非常に薄く軽く全綱である。パッと見ではダガー刃か?と疑うような薄さと形状である。昔の物ほど「ダガー」形状が明瞭である。持った感触は とても華奢で、力を入れて握ったら確実に柄が曲がる。写真だと比較的しっかりした造りに見えるが柄は とても薄い(ペラペラである)。この頃から「菊座金」は定番になる。

柄に刻まれた「登録商標」の文字が刻印なのに「肥後守」の文字はタガネで切られている。タガネ銘は「真鍮柄」以外では材質が硬いため、カクカクした楔形文字の様になる。旧商標法は明治43年(1910)施行であるから それ以後の製品である。

入手時の状態は ほぼ完璧だった。サビを落とす為2000番の耐水ペーパーに刃物油を使い 少し研いでみたが、硬度が相当に低いというか 焼き入れしたのか?と疑う様な柔らかさである。鍛冶屋がトンテンカンと叩く「割込鍛造」で作られた肥後守は大分後にならないと出てこない。それまでは全鋼である。見分けるのは肥後守の場合難しく、割込刃も全鋼も大抵刃厚が薄い=1.5〜2.0mm程度。丁寧に研いでみて初めて解る場合も多いのです。

肥後守に使われるような複合材(利器材)は昭和28年福井県武生で造られたものが最初という事です、(大正8年にサンヨウ利器=字不明、が実験的に利器材を作ったそうですが一般化はしていません)全鋼も利器材も割込鍛造も現在まで続いています。

明治43年(1910)以降に量産化が進むと「肥後守」の銘もタガネ彫りでなく刻印になる。つまりタガネ彫りの銘は相当古いか さもなくば特別製の誂え物と考えられる。

大正 7年(1918)プレス打抜きの鋼材を水車動力のグラインダーで整形する業者が現れた。

大正10年(1921)に初めて小阪弥三郎氏が横折り鞘用の機械を導入した、とある。

比較対象としてプレス銘の「戦前の縦折り肥後守」を置いた。最後の写真に写っている物は廉価版カネ駒肥後守の「中」である。これで判ると思うが、予想以上に小型で薄刃である。チキリは、後年ここに穴を開け紐を通せる様になったが、この当時のチキリは実に小さく穴を開けるスペースが無い。

以上、造りや商標名から推理すると 明治期(43年以降)〜大正7年の間で、兵庫県美濃郡久留美村字平田つまり現在の三木市平田の製品であり もしかすると重松商店(肥後守の歴史参照)の看板商品だったスコップの鋼の廃材をリサイクルしたものだろうか?もし大正7年製とすると今から89年前の製品 明治43年(1910)製とすると96年前ということになる。よくもまあ元型を留めていたものである。明治43年以前の「平田ナイフ」「Pre肥後守」は入手不可能だろうし もし現存しても好事家所有か博物館入りしている筈である。ましてや平田ナイフや初期肥後守は確実に「これが実物だ」と判明してる個体が無いらしい。でも粘り強く探すつもりである。

大正7(1918)年に世界では何が起きたか。7月に第1次世界大戦勃発。同月ロシア皇帝一家が赤軍により虐殺され、後日有名な偽物が現れたアナスタシア姫も殺害されていた。日本では9月に原敬が首相になり 11月にドイツが共和国になり、スペイン風邪(=インフルエンザ)が世界中で大流行し 故田中角栄氏が5/4に生まれている。戦争やインフルエンザのパンデミック等 暗い世相だったのかも知れない。

※この項「世界の傑作品・傑作ポケットナイフ」(株)ワールドフォトプレス通巻510号を参考にさせていただきました。筆者は私が勝手に尊敬している(左市弘作の肥後守を所有しておられる)博覧強記の和光大学非常勤講師 関根秀樹氏である。多々謝。


登録商標肥後守・大(刻印銘 菊座金)恐らく大正7年以降〜昭和初期製造と推量 YaHooオークションで鹿児島の方から入手

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長171mm 鞘長94mm 刃長77mm 刃巾12.4mm 刃厚1.4mm 重量21g チキリ穴無 両面菊座金

2006年9月YaHooオークションで入手したもの。コンディションは中といったところで下に掲載したものよりは良かったが やはり最低でも数十年の時間経過で 刃には深いサビの侵蝕が見られる。裏表とも菊座を使い、鳩目は細い、縦折りの柄は恐ろしく薄く頼りないが 曲がったりしていない。笹葉のトンガリ刃は非常に薄く砥石に当てるのに注意が要る、何しろ「焼き」が入っているのかどうか判らないくらい柔らかい。うっかり柄に力を掛けると柄が曲がってしまう。先端の欠けも無く奇麗に砥石に当たる。「タガネ銘」ではなく戦前物でも大正7年以降の「刻印銘」のものである。(最後の写真でタガネの銘と比較されたい)全長と刃長は この個体が一番大きい。オリジナルは手作りで かなりサイズがマチマチだったと考えられる。たまに見掛ける戦前の偽物は柄の刻印の順番がオリジナルと違っている物が多い。銘も良く見ると「肥後守」「肥後」だったりする。現在では そういう名称類似物の方が資料的価値は高いかも知れない。肥後守・肥後ナイフの面白さは、ナイフとしての出来具合が偽物のほうが良かったりする処なのだ。


登録商標肥後守・大(刻印銘 菊座金)恐らく大正7年以降(戦前)製造と推量YaHooオークションで入手

刃材:全綱 柄材:真鍮 全長150mm 鞘長85mm 刃長66mm 刃巾11mm 刃厚1.5mm 重量15g チキリ穴無 両面菊座金

上記のモノの後バージョンである。一々タガネで銘を彫っていた非生産性に別れを告げて金属の型で銘を入れる様になったもの。サイズも少し この個体の方が大きい。コンディションが 三本中最も悪いが 肥後守が本来学童様入門刃物であった為 先端を何かでコジって欠いてしまうのである。曲がった柄を硬くて平たい台に乗せカマボコ板等で補修すると この個体の様な模様が付くのだ。閑話休題 この縦折り肥後守も刃材は相当柔らかく 恐らく上記のモノと同じ「シャベルの端材」利用と考えられる。うっかりリューターや砥石を当てると根元から折れそうな状態である。研ぐ時にも柄の中に薄く硬い紙とかプラスチック板を挟んで 柄が曲がらないようにしてから研ぐと良い。ジョイント・ピンが抜けても これは幾らでも補修が可能である。この個体だが刻印以外はタガネ銘の物と ほぼ同じである。この時代の肥後守がYaHooオークションで出ることも有るので これらのポイントを押さえておけば偽物を掴ませられる事は無いと思う。偽物と判って入札する場合は価格に注意が.....出展者が「本物の肥後ノ守」と銘打った偽物を何回か見たが、万単位の取引は異常である。ってだけで偽物確定なのである。


商標登録肥後守定カネ駒 2006年9月YaHooオークションで鹿児島の方から入手 

刃材:全鋼 柄材:縦折/真鍮 全長162mm 鞘長92mm 刃長76mm 刃巾13mm 刃厚2.0mm 重量33g チキリ穴有 両面菊座金

この個体であるが実は非常に悩ましい物である。縦折真鍮鞘で菊座金が表裏共入っている、チキリには紐を通すための小穴が開けてある。では何が悩ましいかと言うと 戦前の真鍮柄のカネ駒では肥後守の文字の下に「カネ駒マーク」を刻印しないのが普通なのである。しかも このマークが中心線を外れて斜めに打ち込まれている。更に菊座金の大きさが真正と判っている物より一回り大きい。(確実に本物はφ5.5mm±1mm)この個体はφ10mmと大きい。柄の刻印も真正は縦寸55mm程度だが この個体は40.5mm、カネ駒のかね尺部分の横棒は、真正もこの個体も6.6mmと同じ。「後」の字が縦に長い印象を受けた為 測定すると10.9mm、真正は9.3mmである。文字数/大きさから考えれば随分縦長である。刃厚は真正1.5mm平均に対し2.0mmと厚く、柄の金属板も真正0.8mm、この個体1.1mmと厚く ペラペラ感が無い。他に気づいたのは「定」の字体である。本来は「登録商標・肥後守」という文字だけが刻印され、定とカネ駒は入らない。ソコが怪しかったのだが真正の「定」はウカンムリの下の横棒は全て平行である。これは縦棒から離れチョンと下向きの点になっている。偽物かと言うと「真正」らしい下記のものと字体が同じなのである。実に悩ましさ怪しさ満点なのである。

まあ、刃物としては前オーナーが「研ぎ減り」する程大事に使っておられる。時代的には昭和で戦争を挟んで10年間の±が有ると睨んでいるが しっかりした造りで一切ガタが出ていない。あの千代鶴是秀師でさえ昭和初期に偽物が横行した為 色々な刻印を使ったと書かれている。ましてや肥後守では一体当時どうだったのか書かれた書物も無いのが現状である。

この肥後守について長崎のコレクタの方から面白いご意見を頂戴した。許可を得て転載するものである。

http://photos.yahoo.co.jp/ph/since1988_duke/lst?.dir=/36d0&.src=ph&.order=&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/ 多分手島様がホームページに載せている物と同タイプだと思います。 寸法や「商標登録」「カネ駒マーク」の打ち込み刻印、タガネ彫りの「肥後守」等の特徴から全く同年代の物と思われます。 「非常に悩ましい物」との事ですが、私は全く同じ物を2本所有していました。 画像の物は、刃がほぼ原型を保っており、古いタイプに多い三面磨が施されているのが分かると思います。 刃の作りは全鋼では無く、軟鉄の先の方だけ鋼を割り込み鍛造したものです(利器材では無い本割り込み) 画像に出していない一本の物は研ぎ減りしていてブレードの切先の方3mmほど刃が抜けていたので再焼入れをしたところ、刃が抜けているところは全く焼きが入りませんでした。 全鋼の場合、再焼入れをすると全体に焼きが入る為区別が出来ます。ブレードの最も厚い所は3mmを超えております。 時代に関してですが、確かに「非常に悩ましい物」ですね。本物には間違いないのですが全鋼以前の物とするには「カネ駒」刻印がネックになるし、戦後すぐに菊座で本割り込みを作ったとも考えられず。 私の考えでは、戦前に全鋼以前の割り込みを復刻したの物ではないかと思います。あくまでも推測ですが。


本家登録商標肥後守カネ駒 2006年9月YaHooオークションで鹿児島の方から入手 

刃材:全鋼 柄材:横折/真鍮 全長173mm 鞘長100mm 刃長74mm 刃巾13mm 刃厚1.5mm 重量28g チキリ穴無 両面菊座金

こちらは肥後守のサンプルリスト文献の中に「花弁の中に石」のマークが確認でき カネ駒真正と考えられそうだが 私の持っているサンプルリストや資料集に このマークは存在していない。非常に特徴の有るマークであり間違いようが無い。更に「本家」という刻印が資料には無い。カネ駒では「登録商標」か、他には「元祖」という刻印も有る。これ以外にも幾つか刻印は有るのだが文献上「本家」は存在しない。字体を見ると上記の縦折り肥後守と同じ刻印だと思われる。この個体も「実に悩ましい」のである。真正なのだろうか?時代は本物だが。ローカル製品が騙ったにしては出来が良すぎる。この個体は もし研究者やプロの方で「判る」方は是非お知らせ願いたい。資料未記載個体ということになる。

縦折りから横折りに変ったのが大正10年で その後数年で殆ど縦折りが消えてしまったとのことで 恐らく大正末期よりは昭和初期と考えられるものである。刃の形状もトンガリであり熱処理も きちんとしてある。材質 加工精度とも文句の付けようが無いレベルである。入手時のコンディションは中の上というところだったが 磨いてみると然程の困難もなくリペアが出来てしまった。こういう刻印のカネ駒純正のものは その存在が確認されているのだろうか?謎物件である。


登録商標肥後守定カネ駒・縦折 07年3月Yahooオークションで入手 

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長165mm 鞘長92mm 刃長74mm 刃幅12mm 刃厚2.6mm 重量35g チキリ穴有り 両面菊座金

この見事に研ぎ減りした刃を見て欲しい。昔の人は焼き入れした部分が無くなる位使い倒してから諦めたのだ。今これだけ使い込んだ肥後守は無いよなあ。閑話休題;菊座金とチキリ穴有りで刻印銘で間違いなく戦前のカネ駒製品である。戦前は このサイズが標準品。昭和16年頃まで造られた戦争前のもの。今に至るもガタ一つ無い。鳩目を抜いて現在のカネ駒の刃を入れて再生させてみたい、どうせこれじゃ飾り物にしかならないしなあ。


登録商標肥後守・縦折・鉄柄・タガネ銘 

刃材・全鋼 柄材・鉄 全長149mm 鞘長83mm 刃長67mm 刃幅11mm 刃厚1.7mm 重量20g 両面菊座金・チキリ穴無 両面菊座金

明治期から高級版は真鍮柄、廉価版は鉄柄だったと文献に有るが 鉄柄は錆たり腐ったり朽ち果てる可能性が高く こうして残っても表面の刻印が非常に読みにくくなる。刻印はタガネ銘。登録商標の刻印が有るということで旧商標法は明治43年(1910)施行であるから それ以後の製品である。刃は刀型(俗称トンガリ)で上下が非対称。今回入手した物の中で最も刃の状態が良かった。焼きが固く、天草砥を跳ね返す実力が残っている。これは大正期の物と考えられる。初期肥後守ほど刃の形状はダガー刃に近くなっている。


登録商標肥後守・縦折・鉄柄・タガネ銘

刃材・恐らく割込鍛造 柄材・鉄柄黒鞘 全長145mm 鞘長81mm 刃長65mm 刃幅12mm 刃厚1.6mm 重量23g 両面菊座金・チキリ穴無

やはり明治43年(1910)以後の製品である。だが刃が笹刃(上下対称)でダガー刃に見える事、刃材が恐らく割込鍛造(写真では解りづらいがルーペでぼんやりとした鍛接痕が見える。中山砥で時間をかけて研いでみる予定です)またタガネ銘であることから恐らく明治43年期に近い物と推量する。刃が素人研ぎで成り行き蛤刃になってしまっている。これさえ奇麗に直せば刃材が正確に解ると思います。最近「天然砥」に凝り始めて ちょっとアブナイかも.........中山砥は ここ「富士鳩」でお世話になりました。


登録商標肥後守・縦折・タガネ銘

刃材・全鋼 柄材・真鍮 全長157mm 鞘長89mm 刃長67mm(先端欠有) 刃幅12mm 刃厚1.6mm 重量21g 両面菊座金・チキリ穴有

これも登録商標が入っており明治43年以降の物である。しかしタガネ銘だが 字が恐ろしく下手糞。字の大きさは違うわ 守が斜めになってるわ.......100年近く前の手作りの味わい丸出しである。刃が刀型である事などから大正期でも初期の頃の物らしい。大量生産品なら この下手なタガネ銘は有り得ない。両面菊座金とチキリ穴は最高級品の証であるが もう少し後になるとタガネ銘でも字が達者になり大きさも揃ってくる。


登録商標肥後守 縦折鞘 タガネ銘

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長155mm 鞘長88mm 刃長67mm 刃幅12mm 刃厚1.4mm 重量19g 両面菊座金 チキリ穴無

一字欠損してはいるが 間違いなく戦前型のカネ駒製と思われる。刃の形状がダガー刃に見える物ほど初期型である。俗に「明治型」とも称する。初期型には このようにチキリ穴の開いていないタイプも存在する。それにしても昔の人は柄の刻印が消えて無くなるまで大事に使ったんですね。このチキリがコロンと丸い格好を戦前型ととらえているコレクターの方もおられるが戦後も この丸っこいチキリの物が有るので一概には断定しない方が良い。例えば「分銅カネ宮」は戦後の物だが丸っこい俵型のチキリが特徴で俗称「丸宮」で通っていた位である。


登録商標肥後守定駒(右から左へ「鋼割込」と刻印)裏側に「壱號」と刻印した恐らく昭和1ケタ製造のもの。 YaHooオークションで入手

刃材:割込鍛造(材不明)柄材:クロム? 全長158mm 鞘長90mm 刃長65mm 刃巾12mm 刃厚3.0mm 重量31g チキリ穴有 両面菊座金

入手字のコンディションは かなり酷くサビサビだったのを、ここまで補修したもの。意外に この時代の物は入手しにくい。昭和40年代以降になると「大量消費」が美徳となり、肥後守・肥後ナイフを大事に保存している人は ごく稀な存在となる。資料で確認したが、間違いなくカネ駒製品である。実はカネ駒製OEMは判っているだけで61種類の刻印が有る。組合せで表裏の絵柄と別なマークというケースや個人の特注というレアケースも有り、ほぼ無限?である。刃材は間違いなく厚みの有る「割込鍛造」。表面刻印が右から左に書いてあり裏面の字体が旧漢字だったり「壱號」と有ったり 刃体根部に「駒」の刻印が有る(五枚目)丁寧な造りである。両面座金だが菊座金ではない、ピンも細目だが きちんと潰してある。(戦時中や戦後に出回った物は総じてボロボロの個体が多い)資料で確認するとポイントは「壱號」という刻印の方で、これは主に戦前に「屋号」と共に刻印した物だそうである。この頁の最下段を見て下さい。


肥後守(黒塗柄・縦折)大 黒塗柄 縦折り 製作時代不明 

刃材:割込鍛造 柄材:鉄柄黒鞘 全長160mm 鞘長86mm 刃長75mm 刃巾13mm 刃厚1.7mm 重量22g チキリ穴無 縦折 両面菊座金

柄には「肥後守」としか刻印されておらず その上か下に刻印される筈の製造元を記す刻印が無い。それではインチキ製品かと言うと両面菊座金であり サビ落しに用いた化繊製のリューターアタッチメントでさえ跳ね返す程頑丈な黒色塗装が施してある。刃は割込鍛造(走査顕微鏡を使い確認)。よく見るとカネ駒製の菊座金は中央部が凹んでいる(四枚目写真参照)刃体にはチキリ根本からカッティングエッジに向かう斜めに走るラインが有り、全体に造りが頑丈 精緻である。手持ちの資料を引っ繰り返して見ると「肥後守」単一銘の個体の可能性もがある。つまり「肥後守」だけの刻印銘もあるのだ。カネ駒系であれば鉄柄黒鞘の廉価版であっても「登録商標」の文字が必ず刻印されている。資料によると商標公報で確認できるモノの中に「肥後守」だけを商標として登録しているものが たった一つだけ存在している。商標登録番号40532で 現在の三木市のo田h三郎氏名義 更に追加でナンバー1026 i田s四郎氏名義で「肥後守」単独の商標登録が成されている。その内個体数が増えてくれば確認も容易になると思うが 今のところ製造年代特定は不可能である。(大正時代よりも後では無いと思うが)


肥後守(黒塗鉄柄・縦折)大 

刃材;割込鍛造 柄材:鉄黒塗 全長144mm 鞘長83mm 刃長62mm 刃幅11mm 刃厚1.5mm 重量20g チキリ穴無 両面菊座金

入手時のコンディションが余りに良過ぎ ニコイチを疑い色々調べた上で真正として掲載する。写真の状態であるが多少汚れを拭いた程度で殆どクリーニングらしい事をしていない。北海道の方から入手した個体である。刃の形状は戦前型のトンガリで薄い刃を持ち小型の肥後守である。肥後守の上に何か商標のマークがあるのだが摩耗し読めない。また御覧の通り「肥後」は刻印が達筆なのだが「守」の字だけが妙に下手で「ハネ」の部分が皆同じ太さである。戦前型でも幾つかのメーカーによって色々な違いがあり トンガリ刃でも上に掲載した物は非常に鋭いポイントをしているが こちらは現行のトンガリを連想する笹の葉状である。数が集まって来れば この「守」の字だけが下手なグループで区別が出来ると思うが今のところは資料として掲載する。製造時期は恐らく昭和初期以前を遡るが大正初期まで行くかどうか?である。それでも充分80年以上前なのだが......


登録肥後守 真鍮柄 横折り 2007年9月石川県の方から入手 

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長145mm 鞘長81mm 刃長63mm 刃幅11mm 刃厚1.6mm 重量12g チキリ穴無 片面菊座金(裏面は座金欠損か?圧痕有り)

刃は典型的な戦前型のトンガリで柄が薄い。柄材の厚みが0.5mm/現在「大サイズ」で1mmである。鳩目も細く何となく作りは雑 いや華奢に思える。座金はオリジナルでは両面だったものが欠損し それを修理して使っていた様子。横折り鞘で真鍮柄だと開いている筈のチキリ穴が省略されている点等勘案すると そろそろ戦時突入か?という時代 昭和12〜3年頃の製品だろうと想像する。戦前の肥後守&肥後ナイフが何故貴重な物かというと柄材の真鍮は弾丸の薬莢の素材で、刃材は全鋼と解っている金属を効果的に集めるのに向いていたのだ。戦時中には「供出」つまり戦局の悪化や物資の確保の為「金属類回収令」昭和16年8月30日公布が発令され、これ以後金属類は全て回収(供出)され融かされ武器になった。お寺の釣り鐘すら供出された時代に肥後守など作れるわけが無い。軍用ナイフや銃後の臣民が使う工具ナイフになった。戦前の肥後守は昭和15年までしか作られなかった。残っている個体は50年以上昔の物なのだ、戦時中融かされずに済んだ希有な個体なのだ。この個体の刃には しっかりした焼きが施され 研いで見ても固い手ごたえが有るのだが 如何せん既に研ぎへっていて完全に研ぎ上げるとカミソリみたいに薄くなりそうなので ここで断念。しかし一切の機械的ガタが無いのである。やはり鉄よりも真鍮柄がデフォルトだなあと思う。比較写真は現在の定駒「大」である。平和な時代で良かった.......


登録加東守・縦折・鉄柄・両面菊座金

刃材・全鋼 柄材・鉄 全長125mm(先端欠有) 鞘長74mm 刃長52mm 刃幅11mm 刃厚1.5mm 重量14g 両面菊座金・チキリ穴無

「総論」に記載したトンデモ説で名前は聞いたことが有ったが 現物は初めて目にした物である。これも登録の文字が刻印され明治43年(1910)以後の製品である。「加東」は現在の小野市で三木産でない為 遠慮して付けられた名前だと思っていたが製造した井上氏は こっちが先発と力説していたとの話。大変な研ぎ減りと先端の欠けが有るのが残念だが形状は明治型である。研ぎ減りこそしているが 研いでみた感触は しっかりした熱処理がされていたらしく結構固い感じがする。鞘の下1/3位だけが妙に磨り減っていて「守」の字が微かにしか残っていないのだが 一体どういう使われ方だったのか不思議な減り方である。逸話であるが1964年(昭和39)神戸新聞が「肥後守の元祖名乗り出る」という与太記事を掲載した。それによると明治44年に井上仁三郎が23歳の時肥後守型ナイフを考按し「加東守」の名前で製造した。その後三木の鍛冶が「肥後守」を造った、というトンデモ話。肥後守の商標登録は1910(明治43)年である。今も昔もマスゴミの無責任さは呆れんばかりでウラを取る(確認する)事すらせずに新聞に掲載したもので それを根拠に法尾ひれを付けた与太話を語るバカがいる。バカの論拠はこれであるから信じないように。


登録加東守・縦折・真鍮柄 両面菊座金 2007年6月Yahooオークションで入手 

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長118mm 鞘長72mm 刃長48mm 刃幅9mm 刃厚1,6mm 重量11g チキリ穴無 両面菊座金

上記鉄柄の物のサイズと柄材違いである。柄の凹凸はどうやら大昔の子供が歯で噛んだものらしい。歯端間5.3mmだと小学生位か?(守の字の横)それはともかく刃の形状は「明治型」の典型的な形状である。全体が小振りで全鋼 タガネ銘だが「登録」の文字が有るので明治43年以降だが上記のものより時代が古いもののようである。刃の先が曲がっており きちんと焼きが入っていれば「折れる」わけで ここらへんも古い時代の物を想像させる。


「登録・肥後守(分銅型の枠線内に)秀 カネ宮・小」2006年10月YaHooオークションで岡山市の方から入手 

上はカネ駒竹虎特大

刃材:利器材 柄材:クロム縦折り 全長136mm 鞘長78mm 刃長63mm 刃巾9.5mm 刃厚2.1mm 重量20g チキリ穴無 両(片?)面菊座金

いわゆる「分銅カネ宮」そのものである。現在宮本武蔵シリーズを製造販売しておられる宮本製作所が戦前正式に製造していた登録商標肥後守である。商標公報の資料によると「肥後守秀(宮)」とあり美嚢郡久留美村平田・宮本○郎」という名前で戦前に商標登録されている。造りは比較的しっかりとしていて裏面には菊座金が残っている。大きさはカネ駒での中サイズより小さい為「小」とした。チキリは丁寧に叩いてあり鳩目は比較的細い。ワッシャーは菊座金だが、既に磨り減り裏面しか残っていないように見えるが元々片面菊座金だったのかもしれない。柄材の加工は丁寧に行われているが 良く見ると「肥後」と「守」が別々に打たれていて、更に「秀」も別刻印、分銅マークも別に刻印されている。裏面には「別製品」の刻印が有る。一つ一つの刻印は、細い線も明瞭で深く刻まれているが 文字の間隔が微妙におかしい。利器材にも見えるラインだが利器材仕様が一般化した時代には縦折鞘は作られておらず かと言って縦折鞘のデフォルトであるトンガリ刃でもなく中間型に見える。戦後作の疑いはあるが歴史的意味合いも有り ここに分類しておいた。


播磨守・横折・真鍮柄・両面菊座金

刃材・全鋼 柄材・真鍮 全長141mm 鞘長79mm 刃長63mm 刃幅12mm 刃厚1.5mm 重量13g

両面菊座金・チキリ穴無

横折り鞘で比較的小形の笹刃である。鞘は相当薄手である。柄の下の部分は当時の子供が歯で噛んだ痕のようである。ただ全体に丁寧に保存されている。横折り鞘は大正10年以降の物である。大正15年までには殆どの肥後守&肥後ナイフは横折りに移行しているが やはり古いものほどダガー刃の形状を残している。刻印が磨り減っていて中々写真では読みにくいかと思う。資料に この播磨守の名前が見当たらず どういう由来の物か現在鋭意調査中である。


登録・軍国ナイフ 2007年9月石川県の方から入手 

刃材:全鋼 柄材:鉄 全長148mm 鞘長87mm 刃長55mm 刃幅11mm 刃厚1.6mm 重量17g

Yahooオークションで入手したが「車國」というコメントになっていました。ちょっと見えにくいですが最上段が「録登」次が「軍」「國」その下に横から圧縮されたようにカタカナのナイフ、と刻んであります。何だか鋭い金属で直接引っ掻いたような銘です。恐らくこれが戦後になり「スポーツマンナイフ」に変化した物の様で スリップジョイントを使いスポーツマンナイフと同じ簡易ロックになっています。戦争中なら こういったナイフなんぞは供出されてしまい鋳つぶされていたでしょうから よくぞ残った物だと思います。作られたのは昭和十年代前半かな?と。

この個体はオイル漬けになっていたようで 刃体の黒い塊は砥石でも落ちない位固くなったグリースの様です。


荒鷲 2008年3月Yahooオークションで入手 

刃材:割込鍛造 柄材:鉄柄プレス黒塗 全長204mm 鞘長123mm 刃長80mm 刃幅18mm 刃厚3.2mm 重量85g チキリ無(ランヤードリング付)座金無 スリップジョイント

戦前から戦後まで作られていたのが この荒鷲ナイフである。戦前に「荒鷲」として昭和12年当時の加東郡小野町、現在の小野市から商標登録され 戦後に小野市から商標登録を「荒鷲 ARAWASHI」で取り直している。どちらもN尾A治名での登録である。以前からこのナイフの存在は知っていたが、手に取ってみると大きさと重さに驚く。現在の特大サイズの肥後守とほぼ同じ大きさで、プレス柄の分だけグリップが太い。柄には左前から見た戦闘機の像が打ち出されている。キュービズムの影響を受け?描かれている戦闘機は「逆ガル翼 低翼単葉機 固定脚?」で、このナイフの商標登録が昭和12年ということを考えると「三菱96式艦上戦闘機」かと思ったがどうだろう。(設計は後に零戦の設計で有名な堀越技師である)図柄としては飛行機のボディに重なるように「荒鷲」右翼の上の空間にARAWASHIとプレスされている。刃の錆落としを兼ねて#1000のキング砥石で研いでみると鍛接のラインが認められる。熱処理もきちんとしていて研ぎ味が相当に硬い感じがする。なので この段階で写真を撮影(-.-;) ネイルマークは片側のみ(握った状態で左側)である。荒鷲という名前を聞いたときは「スポーツマンナイフ」の親戚かな?と思っていたが とんでもない。7枚目がスポーツマンナイフとの対比である。全く「モノ」が居た違っていた。スリップジョイント機構により全閉と90度、フルオープンでかなり強くロックされる。コンディションがイマイチではあるが充分に往時の風情が偲ばれるナイフである。


正鋼別焼肥後吉成 2008年3月Yahooオークションで入手 

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長165mm 鞘長96mm 刃長67mm 刃幅13mm 刃厚2.0mm 重量24g チキリ無 ソングホール有 両面菊座金

かなり見た目チープの肥後ナイフ。資料を当たったが この名称での登録は見当たらない。ネイルマークが刻んである面にベベルストップがかろうじて見える。この手のチープな物に真鍮柄と両面菊座金を奢るのは戦前物が多く 全鋼の薄刃ということで一応ここに仮分類する。最後の写真は パッと見た目でスポーツマンナイフを連想した為に比較写真を撮影したもの。大きさはほぼ同じ。吉成のほうは柄のカットが波線状のカーブを描いていて中々手が込んでいる。刻印の「正鋼」はよくある表現だが「別焼」は珍しい。刻印そのものは細い字体だが隅々まで良く残っている。刃がこれ程摩耗しているのに柔らかい真鍮柄の刻印がよく残ったと思う。これでコンディションが良ければ珍物件の上位なのだが。


サビナイ正宗 2007年9月都内の方から入手 

刃材:ステンレス 柄材;真鍮 全長120mm 鞘長71mm 刃長50mm 刃幅8mm 刃厚1.0mm 重量9g 座金無

何とも珍妙な名前であるが これが何処をどう調べても名前が出ていない。ロココ調装飾(葡萄と鈴蘭か?)をあしらい縦書きで薄く「サビナイ正宗」と小さくプレスされている。「鶴・松」等もこういうロココ調を思わす装飾が施されている。戦前か?というデザインにステンレス刃.....調べると1933年(昭和8年)に19-9ステンレスが発売されていた。こういうナイフ類は恐らく昭和15年までしか作られなかったにせよ戦前物でステンレス刃が存在していてもおかしくはない。意匠から戦前物と考え ここに一応掲載する。刃の形状は洋式で言うペン型が一番近い。スピアにしては鈍角すぎる。ロックも何も持たずチキリすら無い。完全に摩擦力だけを当てにしたものである。刃の造作は手を抜かずネイルマークは左側面にきちんと彫り込まれている。しかし「正宗」の上に「サビナイ」というネーミングは秀逸である。

※プレス銘なので どうしても写真では解りにくくて済みません。


興亞ナイフ 2007年9月 都内の方から入手 

刃材:全鋼 柄材;鉄 全長145mm 鞘長80mm 刃長55mm 刃幅10mm 刃厚1.5mm 重量23g

座金無 スリップジョイント ランヤードリング

なんだ肥後守じゃないだろ!と怒られそうだが肥後守と同時に我々世代には覚えの有る「スポーツマンナイフ」の戦前の元型か?と推量する。結構しっかりした作りで名前の意味の「亜細亜を興す」から戦前物と判断した。戦後のネーミングセンスでは無い。結構洋式ナイフをきちんと踏襲しキックとチョイルを持っているのだが刃先の形状が どう見ても「角刃」これで刃が直線なら間違いないのだが ほんの少し曲線を描いている。ソングホールの代わりにランヤードリングというのは軍用ナイフをイメージしたものだろう。60年位経ている物だと思うが しっかりとスリップジョイントのコクッという感触が保たれている。一体いつ どこで作られたものだろうか?


商標肥後タカマサ

刃材:全鋼 柄材:鉄 全長145mm 鞘長85mm 刃長60mm 刃巾10mm 刃厚1.5mm 重量20g チキリ穴無 座金無

カタカナの銘は とても珍しいのです。小型の肥後守です。刃の形状が角刃で横折り鞘、銘は刻印です。時代は大正末〜昭和初期か?三木市産肥後守名簿には記載が有りませんでした。


角理肥後守

刃材:全鋼 柄材:鉄 全長163mm 鞘長95mm 刃長70mm 刃巾13mm 刃厚2mm 重量30g チキリ穴無 両面凡座金

肉眼でさえ非常に読みにくいのですが「角理・肥後守」の刻印銘が有ります。(角は逆L)刃の形状が珍しい形です。「角理」は下の方に有りますが現在も「肥後の王様」を作っている会社と商標(屋号)が同じです。利口の利の字を使う屋号は多いのですが科のは珍しく、富山のメーカーという点も同じですから関係が有るか?と思いメールで御訊ねしたところ「無関係である」旨、正式な御返事をいただきました。同じ企業名 同じ銘のものでも現在存在する会社と全く無関係だったりするのですね。余談ですが三木市産の肥後守・肥後ナイフで屋号に「角」が入るのは 非常に少ないのです。


角秀肥後守 その1 その2

刃材:全鋼 柄材:鉄 全長151mm 鞘長86mm 刃長65mm 刃巾11mm 刃厚1.5mm 重量25g チキリ穴無 両面凡座金

磨り減っていて判りにくいのですが「角秀・肥後守」(角は逆L)の刻印銘が有ります。この形式が「縦折り」で昭和30年代には殆ど消えた形式です。九州方面で昭和30年代後半まで残っていたそうで、この頁の一番下の方に写真が有ります。小振りで どうも造りが雑な感じがします。柄に銘がプレス刻印されており大正初期〜のものと思います。刃を出した状態で強く握ると柄が曲がってしまいます。それの修正が結構難しい........

別バージョン.2006年9月下旬広島の方から入手

刃材:全綱 柄材:鉄 全長107mm 鞘長63mm 刃長47mm 刃巾9mm 刃厚1.6mm 重量16g チキリ穴無 両面凡座金

「小」のサイズ(「中」が鞘長90mm)に該当する物。豆肥後の倍のサイズになる。今では造られていない大きさであり 私も始めて拝見した。オークション時、写真で「肥後守」の文字部分だけを研摩されていたが届いてみたら刃も研ぎかけで放置されていた。片面は 恐らく研ごうとしたが小さい為失敗、殆ど「ツライチ」のベタ研ぎになっている。ただ素性は本当に良さそうで錆を落としただけで ここまで回復した。ワッシャーは菊座金で両面に入りスペイ型の刃は もしかすると和綱かも知れない。それと刃先を欠いてしまったのを研ぎで復活させたのかも知れない。一応実用になる最小のサイズではないだろうか?この個体は奇麗に「角秀」の刻印が残っている。修復中の姿を写真に撮り諸兄のお目にかける次第。


登録肥後守義正 縦折鞘

刃材:全鋼 柄材:鉄 全長172mm 鞘長94mm 刃長80mm 刃巾13mm 刃厚2.5mm 重量40g チキリ穴無 両面凡座金

かなり磨り減っていますが「登録・肥後守・義正」の銘が有ります。これも縦折りですが上記三本と異なり柄の刻印が深く打ち込まれていてチキリが鍛接されています。刃も厚く しっかりした造りの物です。何れの肥後守も刃材は不明ですが錆落としのついでに研いで見ると現代の物と違い非常に柔らかい感じがします。そして複合材や鍛造ではなく全綱です。現在の刃物綱とは明らかに硬度が違います。念入りにリューターで錆落としをやり過ぎると銘ごと消滅しそうなので この程度で留めています。現在の肥後守より4本ともジョイントピンが細くカシメも適当な感じがします。3枚目の写真で「登録 肥後守義正」が読めると思います。

私が この四本を入手した時、丁寧にグリスが塗られた後の状態でしたが 酸化鉄と古くなった鉱物油がこびりついていて 落とすにも苦労しました。当時「防錆紙」は有りませんから「桐油」を引いた和紙に包むのが最高の保存法でしょうが、戦前の肥後守が そうした丁寧な扱いを受ける対象では無い筈です。あまりに奇麗な戦前の肥後守というだけで眉に唾をして見て下さい。


登録 肥後守 義正 縦折真鍮鞘

刃材:全鋼 柄材:真鍮縦折 全長164mm 鞘長93mm 刃長69mm 刃幅12mm 刃厚2.7mm 重量39gチキリ穴無 両面凡座金

上記の義正の真鍮柄縦折バージョンである。かなり分厚い真鍮で1.2mm厚である。これだけ堂々とした風情でありながら資料から探し出せないでいる。刃は先端が欠け丸まってしまったが研いでみると熱処理がきちんとされていて かなりの硬度を保っている。荒砥をかけて復活させるより現状保存を心がけている。


登録商標 (桜の中に忠)肥後守一成 縦折

刃材:全鋼 柄材:クロム 全長172mm 鞘長97mm 刃長75mm 刃幅13mm 刃厚2.8mm 重量46g チキリ穴有 両面凡座金

かなりがっちりした肥後守であり それもその筈で資料によるとカネ駒に刻印が保存されている。これは特に永尾さんが造った事を意味するわけではないらしい。三木洋刀組合を抜ける時に刻印を預けた場合が有るそうだ。資料ではオリジナルとは書かれておらず「三木市・池尻敏一」の名前が有る。


登録肥後守カネ揚 縦折真鍮柄

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長136mm 鞘長79mm 刃長58mm 刃幅10mm 刃厚2,3mm 重量20g チキリ穴有 両面菊座金

これだけしっかりした肥後守でありながら資料をひっくり返しても正体不明である。まず両面菊座金とチキリ穴が有れば当時の最高級品に属する。しかも錆を落とす為と刃材を確認する為に軽く砥石を当ててみただけでもきちんとした熱処理が行われた良い素材である事が解る。もしかして「和鉄」か?というタッチである。刻印も細い線まで奇麗に出ている。いずれ名の有る製造者だと重う。誰か由来を御存知の方はいらっしゃらないでしょうか?これは中々の掘り出し物?というか良い条件を満たした肥後守です。何しろ製造後軽く50年以上経過しているのに刃の出し入れはスムースだし刃当りなど微塵もないのだ。職人の技 大したものである。


登録商標肥後守本家 縦折 黒塗鉄柄

刃材:全鋼 柄材:黒塗鉄柄 全長150mm 鞘長85mm 刃長67mm 刃幅12mm 刃厚2.6mm 重量27g

チキリ穴無 両面凡座金

柄が磨り減っていて良く読めないよう思うが実物は明瞭に「肥後守本家」の文字が解る。これは紛う方なき兵庫県三木市産の真正戦前肥後守である。刃材は丁寧に温度処理がされ前オーナーも丁寧に砥石を当てていたらしく奇麗なフラットグラインド(ベタ研ぎ)を保っている。資料には「両面菊座金」とあるが この個体は両面凡座金である。また黒塗鉄柄だが資料では縦折真鍮柄となっており この個体は恐らく廉価版で両面凡座金を使用していたものと推量する。と言う事は この作り込みで真鍮柄の物が出てくる可能性が有る。楽しみに探すとしよう。


登録 虎久肥後高重 

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長165mm 鞘長91mm 刃長75mm 刃幅13mm 刃厚1.5mm 重量17.5g チキリ穴無 両面菊座金

私の保有している資料や登録商標等を調べても詳細不明である。登録の字が右書きでトンガリ刃、薄手の両面菊座金ということで戦前物では?とここに掲載したものである。比較的良い状態を保っていて 写真も上段はリューターにブラシを付けて錆を落としただけの状態である。下段はコンパウンドの極細を使いリューターに球型の小型バフを付け研摩し 刃は赤レンガ#1000で軽く研いだもの。刃が極めて薄い為この後は天然仕上砥で仕上げる予定である。


登録 鬼印高級肥後 横折り鉄鞘 2007年9月 石川県の方から入手 

刃材:全鋼 柄材:鉄 全長145mm 鞘長85mm 刃長64mm 刃幅11mm 刃厚1.6mm 重量16g

チキリ穴無 座金無

珍しく製造元が解る戦前物の肥後ナイフである。新潟県三条の浅野木工所で商標登録されている。入手時のコンディションが錆だらけだった物で修復に時間が掛かってしまった。このメーカーは戦後昭和56年まで肥後ナイフを作り続けていた。戦後物は登録の文字が左から始まる。この個体は学童用らしく些か作りが雑な部分が多く座金が無かったり刃が左右付け方が異なっていたりする。質感はザラザラした感じで熱処理も効いていない感じである。戦後型を入手したら比べて見たいと思う。


登録(桜の中にイカリのマーク)改良肥後割込・縦折り・2007年1月Yahooオークションで入手 

刃材:全鋼 柄材:真鍮にクロムメッキ? 全長150mm 鞘長85mm 刃長67mm 刃幅12mm 刃厚2.0mm 重量24g

2007年1月Yahooオークションで入手した物。入手時は錆身で「桜にイカリ」マークが何とか見える程度だったが一日掛けて錆を落として見ると 薄いが明瞭に「改良肥後」の文字が浮かび上がり更に右から左書きで薄く「正鋼」と「割込」の文字が出てきた。写真でも解ると思うが クロムメッキが剥げた部分の地肌が どうやら真鍮なのである。真鍮にメッキって出来たかなあ?鍍金じゃあるまいし、と首を傾げているところである。更に鳩目のワッシャーが「菊座」仕様である。写真でも磨り減ってしまい薄いが裏側では確認出来ると思う。小降りで薄い全鋼の刃体部、おまけに菊座金となると戦前物らしく肥後守の呼称を避けている事から商標法以降のものと想像できる。ましてや「桜に錨」となると何らかの形で海軍と縁の有る方でも制作に携わったのかと思う。この個体は相当長期間愛用されていたらしく柄材が減っているが 丁寧に刃を研ぎながら使っていた物らしい。三木市産品ではないが まず戦前物と見て間違いない。


肥後虎徹 07年2月Yahooオークションで入手 

刃材:全鋼 柄材:真鍮縦折鞘 全長153mm 鞘長88mm 刃長76mm 刃幅12mm 刃厚1.6mm 重量32g チキリ穴無 両面菊座金

実は学童用にも一本同じ肥後虎徹の刻印銘を持つものを展示してある。製造元の特定が出来ていない個体なのである。三木市産品でなく商標登録もされていない(もしくは削除されている)この個体を戦前と言うには証拠が無さ過ぎるのだが全鋼の薄い刃と縦折り真鍮鞘+菊座金を根拠にして こちらに分類した。全体的に非常に丁寧に創られており菊座金が磨り減るほど長期間使われている。大分刃も減っているが丁寧に研がれており手慣れた大人がした作業である。ずっと大事にしていた物なのだろうと想像すると 今私が手にしている不思議な縁を感じる。この「虎徹」については調査続行しております。


「カ(カネカ)肥後長光・横折・鉄柄・両面菊座金

刃材・全鋼 柄材・鉄 全長220mm 鞘長125mm 刃長98mm 刃幅17mm 刃厚1.9mm 重量47g 両面菊座金・チキリ穴無

これもまた正体不明の品である。「特大」サイズが出来たのは意外に新しく 戦後の事だそうだが どことなく戦前物の香りを残した横折り肥後ナイフである。「カネ」つまり曲尺は熱処理を加えた後でも真っ直ぐであるという意味で、よく使われるものである。ただ曲尺の向きが様々で 某有名店のバッタ物は曲尺の向きが逆だったりする。刃の形状は見事な笹刃(ダガー刃形状)であり刃に斜めの余計なラインが入り 恐らく二次大戦前後の品物であろう、また一度火(戦火か?)を潜っている可能性が高く 鞘の塗装に錆ではない細かい泡が浮いたような部分が有る。火を潜った刃物は焼きが戻ってしまい刃物としては死体と同じである。研いで見ると金属を研いでいる感触ではなく これなら紙やすりで削ったほうが見た目麗しい刃(?)が付けられる。私が持っている資料には「カネ・カ」という名称も肥後・長光という物は見当たらない。(秀光と豊光は有ったのだがマークが全く違う)これまた鋭意調査中である。


WARRANTED CASTSTEEL Tsnboman 折畳み型切り出し 2007年6月オークションで入手

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長143mm 鞘長92mm 刃長40mm 刃幅14mm 刃厚1.7mm 重量24g 細い針金状のロックシステムを持つ 浅いネイルマークが有る 刃の表側にヤスリ状の凹凸面が有る。片面凡座金

正体不明の片刃の折畳み型切り出しナイフである。右利き用という事だろう。残念だが刃の先端が欠けている。鞘の何処にも日本語が書かれていないのだが日本製で間違いないと想像するし どことなく三木周辺で作られた匂いがする。本来この頁では切り出しを扱うつもりは無いのだが このチープな物は どことなく肥後守に共通する何かが有る。まず柄が真鍮の共柄で鳩目と座金を使っている。これは想像でしかないが戦争中の物資を使い戦後に作った物ではないだろうか?というのはヤスリとしか思えない面が残っているのだ。ヤスリは炭素鋼であり焼き入れが出来る。気合いの入った旧制中学の不良はヤスリを研いでナイフを作ったそうだ。しかしこのチープなロックシステムには降参である。細い針金で折り畳んでいる時は刃の付根を固定し 刃が飛び出さない様に固定し、刃を出した時は付根をLの字型の部分で動かないように固定している。この様なロックシステムは浅学な私は見た事も読んだ事も無い。ネットでも調べてみたが類似する物さえ見かけない。made in occupied Japan(占領下の日本製)ではないだろうか。どなたか御存知の方がおられたら御教示宜しくお願い申し上げます。それにしてもTsunbomanってのは「聾者」でしょう?打ち刃物の世界には これを商標にしていた鍛冶職が(確か鉞とか.....)おられたが 放送禁止用語のような気がする


高級スピート 2007年9月Yahooオークションで入手 

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長148mm 鞘長85mm 刃長55mm 刃幅12mm 刃厚1.9mm 重量23g チキリ無し 座金無 スリップジョイント

「学童用」の所に戦後のスピードナイフを掲載してあるが、これが何故三木市原産で戦前からの由緒が有るものなのか正直に言うと解らなかった。

これは「出願」の文字が右から左の横書きで間違いなく戦前のものである。裏側には最高級を意味する「竹虎」が刻印されている。全体的にしっかりとした作りでスリップジョイントも最低でも60年程前の物とは思えないほどしっかりしている。スピードナイフは正式には加東郡小野町つまり現在の小野市の産品なのだが何故か文献では三木市に分類されている。何か謂れが有るのだと思う。よく似た名前で「スタートナイフ」という物が存在する筈だが今迄一度も見たことが無い。

しかし この個体を見て つくづく学童用の安物では無い物が戦前に作られていた事が判明した。


無銘 戦後の物資欠乏期に造られた肥後ナイフ

刃材:不明 柄材:ブリキ(進駐軍放出のレーションの空き缶らしい) 全長142mm 鞘長88mm 刃長55mm 刃幅9mm 刃厚1.6mm 重量16g 両面菊座金 チキリ穴無

これは二次大戦敗戦後の物資欠乏期に造られたと言われている物らしい。というのは刻印銘ではなく当時は鞘にペンキで名前を書いたという事で 全く消失しているように肉眼では見える。そういう物も有ったという口伝は有るのだが文献は無い。しかし現物がここに有る。持った感触は「何じゃ?このペラペラの錆の塊?」という印象。しかし錆の塊の中に光ってるのが両面菊座金なのである。刃の材質は 何だろうこれは?俗に「ナベっ金」という鋳鉄に近い荒い肌でボツボツ小穴が開いている。ぱっと見は本当に鋳鉄か?と。柄材はペラペラのブリキ板の辺縁を折り曲げて強度を出しては居るが、情けない位ペラペラで 錆の無い部分には米陸軍で良く使う「オリーブドラブ色」の残っている部分が有る。この厚さのペラペラのブリキ板で柄材に転用出来る当時入手が容易だった物、を考えると「Cレーション」 つまり缶詰めの野戦食の空き缶が思い浮かぶ。小生が小学校時分だと秋葉原まで行くとベトナム戦争関係の物資で御馴染の物である。ポーク&ビーンズとかハーシーの板チョコ、リビーのコンビーフなんかが入っていた。当時はタバコが専売品の為抜いて売っていたがラッキーストライクかキャメルが入ってた筈だ。恐らく何もない時代にも製作者側としては アメ公の空き缶さえ使っても こいつを造り続けていたのだ!という貴重な資料だろう。これも朝鮮戦争が始まると一気に特需に沸いて日本全体の景気が上向き、こういう過渡期の貧相な物は それこそアッというまに駆逐されていった。でも決して忘れてはならない物だと思う。


カネ政肥後守 縦折鞘 2007年10月Yahooオークションで入手

刃材:全鋼 柄材;鉄 全長170mm 鞘長95mm 刃長80mm 刃幅12mm 刃厚1.5mm 重量31g

チキリ穴有 両面菊座金

これは悩ましい名称の肥後守である。実は商標登録や三木市産品でカネ政は存在しない。あれ?と想った方は鋭い。有るのは丸政かカネ正なのである。音韻が非常に似ている。実に鋭い錯覚商標に思える。物自体は相当古い時代の特徴的なチキリ形状とチキリ穴が有りかなり上等な両面菊座金を用いている。全体に保存用の多分椿油が炭化してこびりついており 刃も下手糞な研ぎで蛤刃になっている。一度粗砥〜研ぎ直しが必要である。


肥後常正 縦折鞘  2007年10月Yahooオークションで入手

刃材:全鋼 柄材:鉄 全長140mm 鞘長84mm 刃長57mm 刃幅11mm 刃厚1.5mm 重量22g

チキリ穴無 両面座金無

今でも時々流通している「常正」の戦前板である。今では宗近の1ブランドと化しているが戦前から存在する由緒有るブランドである。但し三木市産品ではなく台東区上野つまり東京産である。戦前から造りは雑で、座金もなく刃も熱処理してるかどうか怪しい。この個体も油漬けになっており研いでみないと詳細不明の印象である。刻印も浅く柄材もペラペラに近い。リューターを当てて油を剥そうとしたが 本体まで剥がれて消えそうなので洗浄油につけ込んである。


實用ナイフ 山の下に正?チ? 特製 2007年12/22Yahooオークションで入手 

刃材:全鋼 柄材:真鍮 全長136mm 鞘長76mm 刃長58mm 刃幅10mm 刃厚1.5mm 重量16g チキリ穴無 両面菊座金

変わった刃の形状だがオリジナルの様である。実の字体が旧字の實であり大きさからも戦前物と考えて間違いないと思われる。昭和16年以前と考えると ほぼ70年近く前のものになるわけか.........。ところでこの個体の素性なのだが手持ちの資料で「實用ナイフ」を調べても該当無し、このマークが曲者で山の下が「正」だったら世紀の傑作「秋水」を造ったメーカーということになり記録が無いのはおかしい。刻印の拡大像を見ていただきたいのだが正しいという字が磨り減ったにしては縦棒が曲がっている様に見えないだろうか?どうも「チ」に見えてしまうのだ。果たして何者なのだろう この個体??


無銘の学童用ナイフ(磨り減って判読困難だが小型の方に○の中に公という字が有る)2007年10月Yahooオークションで入手。

大型=刃材 全鋼 柄材:真鍮 全長172mm 鞘長103mm 刃長69mm 刃幅14mm 刃厚1.8mm 重量25g

小型=刃材;全鋼 柄材:鉄  全長144mm 鞘長87mm 刃長55mm 刃幅13mm 刃厚1.6mm 重量17g

類似形状のナイフはこの下にも数多く有るが この二種のナイフは自分が学童期にも見た記憶が無い。普通はこれにメーカーや何とかナイフという文字が刻印されているのだが、もしかすると その前段階で売られた物かも知れない。ロックシステムは何一つ持たずネイルマークだけは浅く刻まれている。そんな雑な造りでは無いし、大小二種で更に柄材質を変えたラインナップといい何処か肥後ナイフを連想するナイフである。小型の方に「○公」という文字が刻印されている。この「○公」だが昭和18年からの物資統制令金属が配給制になってから、間違いなく國から配給された材料で製造された印との事。他にも「○公A」とか「○公A級」とかが有る。この印が有れば昭和18年〜20年にかけ製造された証拠になる。ということは これらの個体は○公がバラバラに有るため、ギリギリ物資統制令に引っ掛かりかける時期の制作であろうと推量できる。ただこの表記だが和式カミソリでの表記限定の可能性も指摘され再度調べたら これは間違いないようで銃後の国民に対しての意思表示の意味らしい。つまり1943年頃という推理が当たっているならば65年前のお倉出しナイフだったのかと思っている。「学童用ナイフ」や「無銘ナイフ」の類いのナイフは粗雑な造りの物が多いのも事実だが こういう丁寧な造りの物だって存在する。私がYahooオークションに出品した大小二本と真鍮柄少年ナイフは1900円で無事落札していただけた。この時代のものでミントに近い未使用は中々出てこないと思います。


基本的な戦前物の知識

オークションで見掛ける偽物に騙されないように 古物に興味の無い方も 一応目を通しておいて下さい。。

これらはYaHooオークションで入手した間違いなく約70〜80年前つまり昭和初期か大正末期当時コンディションの肥後守です。決して悪いコンディションの個体ではありません。これらを例にとり説明致します。

右の写真の真ん中二本が今では絶滅した「縦折り」の肥後守です。現在のものは全て「横折り」です。縦折りは構造的にネジレに弱く柄が変形しやすい為 昭和30年頃を境にして廃れていきました。また構造上、刃を鞘(柄)に収める時に更に回転し 刃が柄から向こう側に飛び出す事が有ります。縦折り型を見た事が無かった頃に この回転問題をどうやって解決しているのか不思議だったのですが、鞘による摩擦力で固定されているだけという呑気な仕掛けです。チキリの穴は そこに紐を通して首に掛ける為の穴。当時は「タコ糸」を通していたそうです。もし鞘(柄)に紐を通していたら 刃が勝手に出てきてしまうわけです。

入手した時には小型の木箱に4本がまとめて収められていました。写真の木箱が それです。戦前の富山で作られた HandTaps(ネジを切る工具)の箱ですが、商標が「Nachi」=巡洋艦「那智」です。那智は昭和3年(1928年)11月に妙高級巡洋艦として完成しています。昭和3年12月12日の昭和天皇即位の御大礼に間に合わせるべく急いで作られた巡洋艦です。つまり「那智」の名前は昭和三年の御大礼以降に国民に認知されました。しかも箱が英語で書かれていますから英語の使用が禁止になる前の輸出用の箱と考えられます。恐らく前の持ち主の方が、丁度サイズの合う箱に 集めていた肥後守を収めたものと思います。

ここのところ二回連続で「祝・御大典」銘の肥後守を自分の目で確認し自説の撤回を余儀なく(往生際が悪いな)されました。2008年2月末に自分が古物商で確認したものは 縦折の柄に漆塗りの木製のケース(今で言うシースのような感じ)が有り、蒔絵になっていて そこにスポっと肥後守が収まるデザインの品が造られていました。これは古物商のショーケースでン十万円の値札が付いており とても手が出ませんでした。しかし祝大典の文字がはっきりと書かれ.......有ったんですね こういう物が...........せめて写真だけ撮らせて欲しいと言ったんですが拒否されました。欲しかったなあ......無理かあ、中身は加東守の大サイズでした。通い続けて口説き落とそうかと狙ってます。そしてもう一品、こちらはYahooオークションで出品された物で これは入手致しました。

真鍮柄は「古び」が判りにくい為、戦時中出回った粗悪品の肥後ナイフの状態のマシなのを「ニコイチ」(=二ヶを一ヶに合成する)にして出品されています。それと「火を潜った」形跡の有る個体も出展されたりしています。全体がザラザラして黒く、錆が浮いた部分も黒く酸化しています。つまり赤錆が黒錆に変化するような熱を受けている個体です。刃物の場合 高温で焼きが戻り 二度と使い物にならない物なのです。全体が真っ黒けで光っているのが保存目的に「油漬け」された個体です。灯油等の「洗浄油」に二三日漬け込んで洗うと奇麗になります。タチの悪い業者出品の場合も有るし 純粋に騙されっぱなしの善良な個人が出品する場合も有ります。YaHooオークション等で「回転寿司」と呼ばれる ずっと出展したまま、という肥後守・肥後ナイフに飛びつかない様に気をつけましょう。

それから価値/価格ですが「チキリがプレス抜きのまま」で千円以上は無茶です。それどころか500円以下です。ホムセンで新品が200円以下でも売ってます。オークションに出品される方で「肥後守」の価格相場を見て 皆同じだと思って値付けするのでしょうが青紙自家割込鍛造と全綱のプレス品を同じにしちゃあいけません。

戦前でも昭和から造られた肥後守で商標公報から確認できるのは下記のものです。

SANWA 昭和13年
(秀)金丸 昭和15年
荒鷲 昭和12年
肥後兼光 昭和12年
肥後義明 昭和16年
HOSHI-KIRIN 昭和13年
肥後守 政(桂馬) 昭和15年
竹虎(現行品と無関係) 昭和10年

これらはあくまでも公報に掲載された物だけであって 更に昔からの屋号を守って造っていたメーカーは含まれません。但し非常に探しにくく見つかりにくいのが上記の8つです。

昭和7年の播州金物の広告から確認できるもの(全てトンガリ刃)スピーではない事に注意。

カネ元 五ツ分銅 黒鞘&真鍮柄
○永 鉄柄黒鞘
スピート 二宮尊徳先生圖入り 
肥後清明/メートル
肥後豊光/メートル 肥後豊光鉄鞘
正鋼割込別上ナイフ鉄柄
肥後守大鞘本磨 鉄柄&真鍮柄
スポーツ 真鍮柄

勿論、古さで言えば別格なのが肥後守(永尾製作所=明治43年)そして加東守(藤原刃物製作所=明治44年)です。

戦前物は「縦折のトンガリ刃で刃が薄く今の物に比べてかなり小さい」「トンガリの殆どは両面菊座金。角刃も有るが両面凡座金が多い」「古いもの程刃の形状がダガーに近い」「チキリ穴が有る物が多い」「チキリが薄い」「残っているのは真鍮絵が殆どである、多分鉄柄は錆びて刻印名が読めなくなったのかと思う」「縦折鞘で鞘に穴が有るものは無い、チキリに穴が有る」「肥後守の元型となったという平田ナイフ(1893=明治26年頃〜1904=明治37年頃まで)の現物は現在も見つかっていないし どんな物だったかは定説が無い」「全鋼とは限らない、高級版は割込である」「1890=明治23年に関市ではポケットナイフを製造している。肥後守を遡ること20年である。その頃まだ三木では平田ナイフも造られていない。日清戦争が1894=明治27年である。」「肥後守を造り始めたのは明治37年頃。粗悪コピー防止の為明治44年に商標登録が行われた」「明治37年〜明治43年の肥後守は存在し得る」が基本事項である。「肥後守にも鋸付きは存在するがチキリは無い。経済的理由という説も有るが普通に考えれば鋸使用時にチキリが有ったら邪魔だからであろう(よく考えてね)」私が延々探しているのは明治37〜43年の商標登録前の肥後守と確実に証拠の有る平田ナイフである。生きてるうちに見たいものだと思います。